虎キチのお城グルメ旅巡り

タイガースファンの気まぐれ城グルメ旅巡り

チキン南蛮の名店宮崎「おぐら」でランチしました。(2022年11月14日)

① 日時 2022年11月13日
② 場所 ・JR宮崎駅西口から徒歩約15分
宮崎交通バス 「山形屋前」バス停より徒歩1分
ボンベルタ橘前」、「野村證券前」、「カリーノ宮崎前」停留所から徒歩2~3分

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 ③ コメント
日本100名城佐土原城跡、宮崎神宮と寄り、チキン南蛮の有名店てある「おぐら」に近くの有料駐車場に止め、ランチに来ました。


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お昼過ぎに来ましたが、運良く並ばずに座ることができました。2階の靴を脱ぐ席に通されました。

こちらの店は、元祖チキン南蛮の店で、普段から食べているチキン南蛮とは、異なり甘酢で揚げタルタルソースをかけたものです。

私は、もちろんライス付きのチキン南蛮に決めてましたが、メニューは、見ることにしました。値段は1100円でした。

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周りを見ると私のような観光客だけでなく、地元の人やビジネスマンもいるようでハンバーグなど食べてる人もいました。

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しばらくするとチキン南蛮が運ばれて来ました。大きめのトリのヒレ肉を揚げ、洋食店との定番のトマトのスパ、キャベツにタルタルソースがたっぷりのってました。

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口の中に入れると弾力のある鶏肉の食感と甘酢の風味が感じられいつも食べているチキン南蛮とは違った味です。これはこれでとても美味しいですがいつも食べなれているものとは違うので評価が難しいです。でも「宮崎のチキン南蛮」として通常のものとは違った美味しさはありました。

 

こちらの店出口と入口別々になっており支払い後は出口から出る流れになっており、入口には私たちが入ったときには並んでいなかったのですが行列ができてました。

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続日本100名城25回目佐土原城(宮崎県)(2022年11月14日)

① 日時 2022年11月14日
② 場所  宮崎駅バス停から西都バスセンターもしくは西都原考古博物館前行きのバスで約40分、交流センター前下車、徒歩約5分

〒880-0301 宮崎県宮崎市佐土原町上田島8227−1
③ コメント
日本100名城の196番です。

この日は、朝、ホテルをチェックアウトし、でレンタカーでこちらに来ました。カーナビでスタンプのある佐土原歴史資料館を指定し、向かいました。近づくと看板もあり、大きな駐車場もあり、止まっている車は、ありませんでした。鶴松館と書いて「かくしょうかん」と読み、江戸時代に建てられこちらも併設されてました。

何と佐土原歴史資料館は、土、日、祝のみの開館で平日のため入ることができませんでした。そのため入り口の門の写真を撮りました。

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トイレの近くに佐土原城 会所跡がありました。

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スタンプは、歴史資料館が閉まっているため、もう一つのスタンプがある道をはさみ反対にある宮崎市城の駅 佐土原いろは館に向かいました。入り口の横にスタンプは、ありました。

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ja.wikipedia.org

以下、攻城団のHPからの引用です。
佐土原城は島津氏の居城として知られています。もともとは伊東氏の城でしたが、島津義弘によって奪われました。「関ケ原の戦い」の前は島津家久・豊久父子が城主を務めていました。1995年(平成9年)の発掘で、佐土原城には南九州では例を見ない天守が築かれていたこと、しかも金箔瓦を使っていたことが明らかになりました。現在は二の丸御殿の一部が復元され(鶴松館)、佐土原城跡歴史資料館が建てられています。

④ スタンプの場所

佐土原歴史資料館(開館日 土、日、祝日) 

宮崎市城の駅 佐土原いろは館
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スタンプ逆さに押してしまいました。欄がないのでそのままにしました。

⑤ その他

佐土原城歴史資料だけでは、平日閉まっているため、中を見学したい場合は、土、日、祝日に行ってください。

sadowararekishi.miyabunkyo.com

 

城巡り後、ランチで一本釣りのカツオと新鮮刺身定食を宮崎県日南のびびんやでいただきました。(2022年11月13日)

① 日時 2022年11月13日
② 場所 JR日南線油津駅から徒歩18分(1.3km

tabelog.com

 ③ コメント
日本100名城飫肥城を見た後にレンタカーで海沿いにあるびびんやにランチに来ました。駐車場ほ、店の前にありました。

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お昼過ぎの13時頃に来ましたが、店内は満席で、ボードに名前を書いて待ち、10分程で呼ばれ、畳の席に案内されました。

こちらの店は、今が旬の伊勢エビと一本釣りのカツオが有名で、最初からたのむつもりは、なかったのですが、伊勢エビは、売り切れでした。

カツオの刺身と刺身定食を注文しました。

お店の人の手際も良く、すぐにカツオの刺身が、その後、刺身定食も運ばれてきました。

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カツオの刺身は、マグロのように味にコクがあり弾力もありました。

刺身定食は、タコ、ハマチ、ススキ、海老、いか、マグロでした。種類も多く、新鮮でカツオを含めると6種類といろいろ味わえ楽しくいただきました。

bibinya.com

 

日本100名城42回目飫肥城(宮崎県)(2022年11月14日)

① 日時 2022年11月13日
② 場所 JJR日南線飫肥」駅から徒歩約15分。
〒889-2535 宮崎県日南市飫肥10-1-2
③ コメント
日本100名城の96番です。

朝、鹿児島県の霧島神宮に寄り、その後、レンタカーで宮崎県日南市の飫肥城跡に来ました。

この日は、運がいいことにお祭りウィークで城内含め全て無料て見ることができました。

指定された駐車場から少し歩きおび天の所に長倉がありました。

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日南と言えばプロ野球のキャンプで有名ですが、こんな古い町があったとは驚きです。

おび天を左に曲がると飫肥城の門が見えて来ました。

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大手門をくぐり、土塁の後がありました。立派な杉です。

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石垣を見ながらパワースポットのしあわせ杉、そして松尾の丸に入りました。

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こちらも通常有料ですが、この週は無料で入れます。

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中に入ると立派な兜、江戸への参勤交代の苦労が書かれてました、大阪まで大分から船でその後、東海道を40日かけて行ったそうです。

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松尾の丸のレプリカがありました。

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次に本丸跡に向かいました。立派な杉が建ち並んでました。

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本丸跡の近くにも門がありました。

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その後、飫肥城歴史資料館に入りました。こちらも今週は、無料です。

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スタンプを押して中に入ります。飫肥の街並みと変遷と称し、地図と説明がありました。

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お昼藩を支えた伊藤氏の歴史です。

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資料館を出て城を出ると飫肥の地図がありました。いろいろ見るところありそうですが、時間がないためここで失礼しました。

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以下、攻城団の飫肥城HPからの引用です。

飫肥城は伊東氏と島津氏により、103年にわたって激しくその領有権を争われた城です。日本の歴史においてもこれだけ長期間、ふたつの勢力がひとつの城をめぐって争い続けた例は珍しいです。現在、本丸跡には日南市立飫肥小学校(藩校の振徳堂が前身)が建てられており、1978年(昭和53年)には大手門が復元されています。また、NHK連続テレビ小説わかば』のロケ地になったことでも有名です。

ja.wikipedia.org

  

 

④ スタンプの場所

飫肥城歴史資料館

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日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

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  • 発売日: 2012/04/10
  • メディア: 単行本
 

obijyo.com

 

 

中山道69次ウォーク第八回目〈軽井沢宿ー浅間総合病院信号)2022年10月23日

今日は、中山道ウォーク八回目で東京駅7時23分の新幹線あさま軽井沢駅にきました。

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駅で軽くストレッチをして、前回の終点の六本辻の交差点に移動しました。

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中山道ウォークをいつも通りこの中山道のガイドブック片手に開始です。

 

 

しばらく歩き、石塔群、旧近衛文麿別荘(市村記念館)、その後、軽井沢中学前の信号を国道を左に曲がり、踏切を渡り、すぐに右に曲がり進みます。

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前沢橋付近で、浅間山をきれいに見ることができました。

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中山道は、この先でルートが変更になったようで、現在の中山道をこの先100m左に曲がった所に宮の前一里塚跡の碑がありました。

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その後、長倉神社のところで沓掛宿に入ります。

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長倉神社に立ち寄りました。

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相撲の土俵がありました。こちらは、盛んな土地柄なのでしょうか。

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人力サイトによると沓掛宿は、下記のように記載されてます。

両隣の軽井沢宿、追分宿の賑わいに比べ、あまり大きな宿場ではなかった。天明3年(1783)の浅間山の大噴火により壊滅的な被害を受けた。また、1951年の大火で町の殆どを焼失、往時の様子を伝えるものは殆ど残っていない。現在は中軽井沢と名を変え、主に避暑地として利用されている。

八十二銀行の駐車場の奥に脇本陣蔦屋跡の碑が、通り沿いに土屋本陣がありました。

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沓掛宿を出ると道祖神、その後、馬頭観音が多くありました。

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下仁田道との合流地を過ぎ、遠近宮(おちこちぐう)がありました。

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さらに黄壁布屋、馬頭漢音を進み、追分の一里塚がありました。今でも現存する一里塚でした。

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ここを過ぎ、国道を左に入ると追分宿になりました。入り口を示す常夜燈がありました。

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人力サイトによると下記の記載がありました。
追分宿は4.7㎞と短いが、本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠35軒があった。また、旅籠35軒に250人の飯盛女がいたため、追分節につぎのように唄われた。

浅間神社芭蕉句碑、油屋本陣跡、高札場とありました。

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その後、泉洞禅寺に立ち寄りました。紅葉がきれいです。

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宿の京側の入り口の枡形の茶屋、北國街道との分去れの道標をすぎ、国道を横切り追分宿を出て、次の小田井宿へ向かいます。

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しばらく歩き、御代田の一里塚がありました。

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しなの鉄道をくぐり、御代田駅を越えしばらく行くと小田井宿に入ります。

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人力サイトによると下記の記載がありました。

皇女和宮を始めとして、宮家や公家の姫君の休泊に利用されることが多かったことから、「姫の宿」とも呼ばれた。天保14年(1843)の調査では、家屋が109軒、319人が住んでいました。

宿に入ると宝珠院、本陣跡、問屋場脇本陣跡がありました。

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小田井宿を出て北陸新幹線をくぐり、ラーメン屋さんを見つけ遅いランチにしました。餃子もたのみこくのある美味しいラーメンでした。

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ランチの後、鵜縄沢端一里塚、その後、佐久長聖中の近くで八ヶ岳の山々がきれいに見えました。

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さらに進み、住吉神社を過ぎると、岩村田宿になります。

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その後、武田信玄の遺骨があると言われる龍運寺に立ち寄りました。

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人力サイトによると下記の記載がありました。

岩村田宿には、本陣や脇本陣が無く、旅籠が8軒と小さな宿で、宿駅としてよりも交通の要衝、米穀の集積地として栄えた街である。

セブンイレブンを右に曲がり相生の松を過ぎ浅間総合病院の信号で今日は、終了しました。

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こちらから、JR佐久平駅まで15分程歩き、新幹線で帰途に着きました。

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中山道69次ウォーク第七回目〈JR横川駅ー軽井沢宿)2022年10月8日

今回は、JR横川駅から軽井沢まで碓氷峠越えの中山道ウォークです。7時前の新幹線で高崎に向かい、在来線に乗り換え横川まで行きました。

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前回は、5月7日でしたので、約5ヶ月ぶりの再開です。9月に再開予定でしたが、天気が悪く延期になってました。

準備運動をしてこちらのガイドブック片手に出発です。

横川駅の前を左に曲がり、進むと諏訪神社、そしてその先には碓氷関所跡がありました。東門の位置で写真を撮っていると年配の男性が近寄って来ました。こちらのボランティアガイドの方でした。

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石垣も残っていて当時の様子も説明してくれました。

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すぐ先に関所の門が見えて来ました。

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当初は、群盗を取り締まるために作られて、その後は、中山道の要所として政治的な意味を持つものになったそうです。

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関所を越えて少し進むと、薬師坂、薬師堂がありました。

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さらに進み、碓氷峠を控えた宿場坂本宿の入口にあたる下木戸跡に到着しました。

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ここから坂本宿です。

人力のサイトによると、道路の中央に用水路があり、両側に本陣、脇本陣、旅籠、商家が160軒ほどあり、賑わっていたそうです。

佐藤本陣跡があり、その後、坂本小学校の仮校舎として使用されたそうです。

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その先に脇本陣みよがや、坂本宿宿屋号一覧、宿のおもかげを残す旅籠かぎや跡、小林一茶の定宿であるたかさごや、丸仁屋跡がありました。

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その後、京側からの入口である上木戸跡(坂本宿の出口)、芭蕉句碑があり、これからは碓氷峠を登ります。

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坂本宿を出て、中山道の旧道に入り標識に従い進みます。

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狭い道に入ると電気柵使用中との看板で道が塞がれてました。動物よけでしょうか。しかし、ここしか道はないので慎重に潜り進むことにしました。

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この後、道が山道になりそうで、ヤマビルがでそうなので、対策としてズボンの裾を屈指の中に入れガムテープで巻き、ヤマビルファイターというスプレーをくつやズボンに噴射しました。

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ヤマビル対策準備万端にし、中山道ウォーク再開です。右に曲がると徐々に道が登りになり再び公道に出て横切ると碓氷峠の登り口である碓氷小屋がありました。こちらには碓氷峠の詳細な説明の看板もありました。

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碓氷小屋の標識によると弘法の井戸まで約1.3キロ(35分)登りのようで一番きつそうです。両手に杖を持ち、ゆっくり進みます。

しばらく登ると堂峰番所跡、さらに進み、柱状節理、ゴロゴロしている急坂で一番の難所と言われているに来ました。

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刎石坂を登ったところにある上り地蔵・下り地蔵跡さらに坂本宿をみおろせる覗に着き、坂本宿を見下ろしました。

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さらに進み、馬頭観世音、空気が吹き出している風穴まで通過し、次は、碓氷小屋から1.3キロの地点弘法の井戸でしたが、ここで道を外れてしまったようで見つかりません。

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どうにか中山道に戻りましたが、弘法の井戸から5分(0.1キロ)の刎石茶屋跡に着きました。当時数件の茶屋があったそうです。

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刎石茶屋跡から栗が原まで碓氷小屋の標識によると40分(2.0キロ)です。碓氷坂の関所跡 掘り切り 南向馬頭観世音 北向馬頭観世音と通り一里塚がありました。

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すぐ近くに座頭ころがしがありめがね橋と熊野神社の表式をとおり栗が原に着きました。ここは、明治天皇の巡幸道路と中山道が分かれるところです。

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碓氷小屋の標識によるとここから山中湖茶屋跡まで30分(1.4キロ)です。入道くぼを過ぎ、まごめ坂を歩き山中茶屋跡に着きました。明治の頃には、小学校があったそうです。

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標識によるとここから子持山分岐まで15分(0.8キロ)、思婦石まで35分(1.8キロ)、熊野神社まで45分(2.3キロ)です。急坂の山中坂を進み、太平記に記されたり、武田と上杉の合戦が伝えられる陣場ヶ原を過ぎ子持山分岐に着きました。

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ここからは、最後のきつい登り道で歩きにくい箇所もあり思婦石を通りいきなりアスファルトの道に出て峠の上の熊野神社に着きました。どうにか登り終えました。

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ここまで歩き続け、お腹も空き、碓氷峠名物の力餅を食べることにしました。熊野神社の前にあるしげのやにはいることにしました。こちら、店の中が群馬県と長野県の県境になっておりテラスから絶景が見れます。テラス席は、人気があるようで私達は、お腹も空いていて疲れていたので店内の席にしました。

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力餅、山菜、卵がのり、とろろ汁がついたしげのやそばとデザートで抹茶のちからもちソフトを注文しました。やはり、餅を食べると元気になりますね。

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満腹になり、熊野神社を参拝し、軽井沢宿に向かいます。

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すぐに、中山道の標識を見るとわきから入る狭い道でした。本当にここなのかと思い見ていると上がってくる人が来ました。たずねるとわかりにくく、歩きにくいですよと言われました。気をつけながら進むことにしました。

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一旦、公道に出て、また、案内は、わかりづらい道のり方向を示しています。安内があるので進むことにしました。

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15分程進むと道がなくなってしまいました。小川の近くにおりましたが道が見つかりません。案内もありません。どうすることも出来ず公道に戻り、軽く宿に向かうことにしました。しっかりと案内をして欲しいです。公道をひたすら歩き、軽井沢の町がいきなり開けて来ました。芭蕉の句碑がありました。

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人力のサイトによると軽井沢宿は、本陣1軒、脇本陣4軒、旅籠21軒があった。特に旅籠では、遊女が200人もおり、とても賑わっていたそうです。

つるや旅館を過ぎ、白木屋明治天皇軽井沢行在所、このあたりに本陣と一里塚があったそうです、

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この後、旧軽井沢ロータリーを超え、六本辻で中山道ウォークは、終了しました。ここから徒歩で軽井沢駅へ向かいました。

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軽井沢駅から碓氷峠の方向の写真を撮りました。軽くストレッチをしてへ新幹線で帰りました。さすがに疲れました。
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中山道、碓氷峠を制覇し県境のしげのやで力餅を食しました。(2022年10月8日)

① 日時 2022年10月8日
② 場所 軽井沢駅から車かバス

長野県北佐久郡軽井沢町大字峠町2

 

tabelog.com

 

 

  

③ コメント
JR横川駅駅より5回目の中山道69次ウォークを開始し、中山道難所の一つ碓氷峠を登り、こちらに辿り着きました。横川駅を8時30分過ぎに出発し13時前に着きました。

峠の頂上にある熊野神社前の力餅の有名店「しげのや」さんでランチすることにしました。こちらの店の中に群馬県と長野県の県境があります。

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店には、待っている人が7組いて、テラス席が人気あるようですが、我々はどちらでも可にしました。15分ほどで案内されました。

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店の外のテラスからの景色は、絶景です。

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安中だけでなく天気がいいと高崎も見えるようです。店の中にも県境の案内がありました。

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メニューをみて、温かいしげのやそばの大(1460円)にしました。山寨、卵、力餅にとろろの小鉢が付きます。また、デザートにちからもちソフト(650円)を抹茶でちからもちは、あんことくるみでたのみ、また、お土産で力餅(1300円)で買いました。

そばが運ばれて来ました。

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信州と言えばそばです。最初にそばを一口!腰のあるそばで、碓氷峠の上でこんなに美味しいそばがいただけるとは!とろろ汁につけても食べてみました。このなかなかこれもいい感じです。次に名物ちからもちです。食べやすく小ぶりサイズてのってました、そばの汁につかり粘りも丁度良く美味しいです。いつもそばには、天ぷらを付けてますが今日は、山菜です。峠の上で食べる山菜もいいです。あっという間に完食です。

次にちからもちソフトが来ました。

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抹茶ソフトにちからもちは、あんことくるみにしました。抹茶ソフトは、普通でしたが、ちからもちは、名物でもありモチモチで腰もありおすすめです。あんこの方が自分の好みに合ってました。

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