虎キチのお城グルメ旅巡り

タイガースファンの気まぐれ城グルメ旅巡り

続日本100名城20回目田丸城跡(三重県)(2020年11月23日)

 ① 日時 2020年11月23日
② 場所 JR参宮線田丸駅から徒歩で約10分
〒519-0415 度会郡玉城町田丸字城郭114-1
③ コメント
日本100名城の154番です。
レンタカーで、北畠氏館を後にし、また、来た狭い峠道を通り一般道で田丸城跡に向かいました。スタンプが村山龍平記念館にあるとのことでしたのでカーナビをこちらにセットしました。途中行きと異なりすれ違う車が多く峠道越えるのに苦慮しましたが、どうにか1時間強で着きました。駐車場は、村上龍平記念館の横にあり、こちらに止めました。早速記念館の中に入りスタンプを押しました。

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記念館のすぐ横に復元した三の丸奥書院がありました。

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これから天守閣に向かい上っていきます。

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ニの門跡、富士見門がありました。城内には、八つの門があったそうです。

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土塁を通り、階段を上ると城山稲荷神社がありました。

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立派な石垣のある本丸への入口の本丸虎口がありました。

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天守閣が見えてきました。

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本丸跡に着きました。後に天守閣がありました。

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可愛いお殿様とお姫様の絵が貼ってました。
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天守閣からの眺めもなかなかのものです。

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ja.wikipedia.org

 

建部3年・延元元年(1336年)北畠親房によって築かれたと云われてます。
天正3年(1575年)北畠信雄は大河内城を廃し田丸城に本拠を移しましたが、天正8年(1580年)放火により焼失し再建することなく、松ヶ島城(現松坂市)を築いて移りました。

天正12年(1584年)蒲生氏郷が松ヶ島城に入封すると、氏郷の妹婿となっていた玉丸直昌が再び田丸城主となりました。 氏郷が会津若松城に移封となると直昌も三春城主として移り、その後は稲葉道通が城主となりましたが元和元年(1615年)摂津国中島に転封となり、田丸城は津城主藤堂高虎の預るところとなりました。御三家の一つ紀伊国和歌山藩が興されるとその所領となり家老久野氏が城主となりました。

 ④ スタンプの場所

村山龍平記念館1F受付

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続日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

続日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

  • 発売日: 2019/01/04
  • メディア: 単行本
 

 

⑤ その他

村山龍平記念館の横の駐車場に止めましたが、坂を上り、天守閣の近くにも駐車場ありました。

www.kankomie.or.jp

 

 

 

 

 

 

 

続日本100名城19回目多気北畠氏城館(三重県)(2020年11月22日)

① 日時 2020年11月23日
② 場所 
〒515-3312 三重県津市美杉町上多気1148
③ コメント
日本100名城の153番です。
北畠氏館は、交通の便が非常に悪い場所にありレンタカーで行くことにしました。勢和多気ICよりカーナビに従い、一般道で進むとしばらく走ると峠道に入りました。この道は小型車でもすれ違いに苦労するほど狭い道で途中数回しか車とすれ違わなかったので何とかなりましたがあまり通りたくない道でした。

北畠氏館は、静かなところにありましたが、到着すると駐車場は満車でやむなく数百メートル離れた他の施設の駐車場に止め行くことにしました。

入口に説明があり、こちらの神社の背後にある山の霧山城跡も含めて北畠氏館になるようです。

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赤い鳥居をくぐり、左が霧山城への山道で左が北畠神社です。

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社務所にスタンプがありこちらでスタンプを押しました。

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少し進むと入口跡、北畠顕家公の像、顕家公の和歌の碑がありました。

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そしてこちらには、日本最古の石垣がありました。

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また、中には、入りませんでしたが、日本三大武将庭園の一つの庭園もありました。神社に参拝させていただきました。

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ja.wikipedia.org

多気北畠氏城館は、南北朝時代から室町・戦国を通じて伊勢を支配した北畠氏に関わる、北畠氏館・霧山城の総称で、北畠氏館は、興国3年(1342)北畠顕能によって築かれた北畠氏の居館である。現在は北畠神社となっており、館跡に残る庭園は国の名勝に指定されています。また、裏手にある霧山城(きりやまじょう)または多気城(たげじょう)は、伊勢国一志郡多気(現在の三重県津市美杉町上多気および美杉町下多気)にかつて存在した日本の城です。

伊勢国司から戦国大名となった北畠氏の本拠地であり、16,000騎を有する大将にふさわしい城郭でした。


④ スタンプの場所

北畠神社社務所

 

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続日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

続日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

  • 発売日: 2019/01/04
  • メディア: 単行本
 

 

 

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おいしい松阪牛を鯛屋旅館のランチで堪能しました。

① 日時 2020年11月21日

② 場所 三重県松阪市日野町780

www.taiyaryokan.com

③ コメント
三連休で100名城巡りとお伊勢参りのため、名古屋から近鉄に乗り換え津新町から津城跡に立ち寄り、その後、津新町から松阪に移動し松坂城に寄り、ランチで松阪牛を食べにこちらに来ました。こちらは、通常旅館として営業してますが、ランチ、ディナーだけでも予約制ですがいただけます。ネットで松阪牛の店を探しましたが、有名な和田金や牛銀本店ではランチでも最低1万円くらいし、探し続けこちらの松阪牛牛鍋御膳にしました。上にしても4,900円で、150グラムの松阪牛をいただけます。

12時に予約したのですが、松坂城の見物も早く終わり、11時30分に着いてしまいました。松阪城の方から来て松阪牛の名店の和田金の少し先に旅館はありました。古い旅館の雰囲気を保ちつつ、本日予約で満席と看板が出てました。

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早く着けば早く入れるかと思ったのですが、準備ができていないということで入口の椅子で待つことにしました。芸能人のサインや写真を眺めつつ、20分くらい経ち、準備ができたということで2階の部屋に案内されました。前13室ということでした。

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席に着くと既に準備されており霜降りの見るからに美味しそうな肉でした。生卵もあり牛鍋とすき焼きの違いを聞いたところ牛鍋は、関東風の煮るすき焼きですき焼きは、最初焼く関西風とのことでした。すき焼きは、並でも6500円なので今回いただく牛鍋御膳ほ、とてもお得です。これから運転があるのでノンアルコールビールわお供にしました。

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7分くらい目処にということで他の付け合わせとノンアルコールビールを飲みながら待つことにしました。こちらなの味付けも中々です。

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こんな感じになりました。早速いただきます。

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とても柔らかく脂もほどよくとろける旨さです。ご飯にとてもよく合い、味わいながらいただきました。また、ご飯にのったゆかりと赤出しもいい感じです。

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食事終わったらデザートがあるのでフロントまで電話下さいということでしたので、電話をしデザート持ってきてもらいました。写真を撮り忘れましたが抹茶アイスでした。口の中がさっぱりしました。ごちそうさまでした。

お会計は、下のフロントでして心もお腹も満たされたランチでした。

tabelog.com

 

日本100名城35回目松坂城跡(三重県)(2020年11月21日)

① 日時 2020年11月21日
② 場所 JR紀勢本線近鉄大阪線「松阪」駅下車、徒歩約15分
〒515-8515 三重県松阪市殿町
③ コメント
日本100名城の48番です。松阪は、阪ですが、城は、松坂と坂の表記ですが、今度調べたいと思います。
津城跡から再び近鉄津新町駅に戻り、急行で松阪へ向かいました。松阪の駅前からグーグルで松阪城を指定し、案内に沿って歩くと松坂城跡の裏手に着きました。

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石段を上り、しばらくすると本居宣長旧宅、記念館がありました。100名城のスタンプは、こちらの記念館と民族資料館で押すことができます。旧宅、記念館に入場すると400円かかるのと本居宣長にあまり興味がなかったためスタンプだけ押させていただきました。ただ、記念館の女性は、厳しく外から写真を撮っていると入場料の支払いを促してました。

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中御門、月見櫓跡と上ります。松阪の町が綺麗に見えました。

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御跡があり、立派な石垣がありました。

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石垣の階段を上ると金の間櫓跡、そして少し歩くと本丸跡がありました。

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その後、天守閣跡に行きました。ここからも松阪の町が綺麗に見えました。

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助左衛門御門跡を通り、歴史民俗資料館に立ち寄りました。こちらてもスタンプを押すことができます。

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織田信長が叔父で城主であった蒲生氏郷について説明がありました。私は、伊達政宗の監視役として会津へ移封されたことが印象として残っており松阪でこんなに親しまれている武将とは知りませんでした。

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100名城のスタンプラリーがありました。こちらで終了の人もいたようです。
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歴史民俗資料館を後にし、表門跡、松坂城の看板がありました。私たちは、裏から城に入ったので表門で出ました。

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城をあとにし、少し歩き右に入ると本居宣長旧宅跡がありました。

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ja.wikipedia.org

伊勢平野を流れる阪内(さかない)川と櫛田川に挟まれた標高35mあまりの独立丘陵上に築かれてます。1584年(天正12)に伊勢国を与えられた蒲生氏郷が、それまであった松ヶ島城に入りました。1588年(天正16)、松ヶ島は狭小なため、現在地に築いた城に入り、松ヶ島城下の商人や寺社を移住させ、また旧領の近江日野の商人を呼び寄せ、城下町の整備を行いました。1590年(天正18)、小田原攻めの軍功により、氏郷が陸奥国会津に移った後は服部一忠が入城しました。しかし、一忠は豊臣秀次事件に連座したとされて切腹、その後に入った古田氏も転封され、1619年(元和5)以降、南伊勢は紀州藩の藩領となり、明治維新を迎えました。

④ スタンプの場所

歴史民俗資料館

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本居宣長記念館

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日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

  • 発売日: 2012/04/10
  • メディア: 単行本
 

⑤ その他

本居宣長記念館てスタンプ押すだけであれば無料で押せますが、職員の方に出してもらわないといけないのと少々分厚くに感じました。

 

www.city.matsusaka.mie.jp

 

続日本100名城18回目津城跡(三重県)(2020年11月21日)

① 日時 2020年11月21日
② 場所 近鉄名古屋線津新町駅から徒歩約10分
〒514-0033 三重県津市丸之内5-1
③ コメント
日本100名城の152番です。
朝、早い新幹線で名古屋へ行き、近鉄の特急に乗り換え津へ、その後急行に乗り換え津新町駅に来ました。ここから津城跡まで10分位です。

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津城跡のスタンプは、近接する高山神社社務所にあるので最初にこちらに向かうことにしました。

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高山神社の矢印のすぐ横は、津城跡の立派な石垣がありました。

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矢印に沿っていくと高山神社の鳥居が見えてきました。

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社務所に行く前にお参りすることにしました。

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その後、社務所でスタンプを押しました。

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神社の中を抜け、津城跡に行きます。中には、藤堂高虎公の立派な城がありました。築城の名人でこの城も築城しました。

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伊勢街道の地図もありました。私も歩いた四日市の日永の追分から伊勢神宮の内宮に津や松阪を通り行きます。

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津城跡の天守閣が見えて来ました。

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あまり高い城ではありませんが、津の市内を見ることができます。

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ja.wikipedia.org

延永信長の弟の信包が天正8年(1580)に津城を創築し、本丸を中心に出丸を置き、幾筋かの河流を城の外堀に取り入れたもので、 低湿地ながら防御には堅固な城でした。その後、藤堂高虎が四国伊予の今治愛媛県)から移封、 慶長16年(1611)に大規模な改修を行い、北側の石塁を高く積み直し、その東北と西北の両すみに三重の櫓をつくりました。また、
また、高虎は、伊勢街道(参宮街道)を城下に引き入れたり、城の東に堀川を切り開いたりして津の基礎づくりを行いました。 2代藩主高次はそれをもとに城下を整備、明治維新まで津は32万石の城下町として栄えてきました。


④ スタンプの場所

 高山神社社務所

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続日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき

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  • 発売日: 2019/01/04
  • メディア: 単行本
 

 

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三浦三崎港の魚屋さん経営の食堂で新鮮な魚いただきました。(まるいち食堂)

① 日時 2020年11月7日
② 場所 

三崎港バス停から徒歩 約2分

神奈川県三浦市三崎3-5-12

046-881-2488

 

localplace.jp

 

③ コメント
今日は、ポケモンGO のイベントを楽しみつつ、京急三崎口駅から歩いて三崎港に向かい、魚が美味しいこの地でもとても人気のあるこちらの食堂に来ました。三崎口の駅を11時頃出発し、徒歩で12時20分くらいに着きました。普通に歩けばもう少し早く着いたと思いますが、ポケモンをしながら来たのでこの時間になりました。

まるいち食堂は、港の大通りを左に曲がりすぐ見つかりました。

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店の前には、待ってる人がたくさんいて名前をボードに書きに行くと6人待ちで思ったよりは、少なかったです。

外にあった椅子に座り、ポケモンしながら待つことにしました。魚屋さん直営で店頭で選んで調理してもらうこともできるようですが、今日初めてなのでメニューから選ぶことにし、最終は、店内に入ってから決めることにしました。

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席は、テーブルと座敷に分かれているようですが、中々進みません。1時間ほど待たされ、いきなり1名の方いますかと言われ二組ほど先に入ることができました。店内に入るとテーブルが二つカウンター席が一つしかありませんでした。座敷の席は見えませんでしたが入れる人数が少ないようで待たされた理由がわかりました。一人で来て待ちくたびれてましたのでラッキーでした。

メニューを見て、三崎なのでマグロも食べたいし、地魚もひかれ、中トロも食べれるので特選五点盛り定食にしました。長く待っていたので席を立ちトイレに行こうと壁を見るとサザエの壺焼きを見つけ、トイレから戻り、追加でグラスビールとともに注文してしまいました。

すぐにグラスビールは、持ってこられ、その後すぐに定食が来ました。ぼら、中トロ、いさき、イナダ、いかの五点盛りでした。ボラの刺身は、初めてで泥臭のイメージがあったのですが、脂ものっておりこんなに美味しいんだと思いました。

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サザエが来たところでビールを一口、サザエほうばり醤油も絶妙に絡み、身も食べやすく切っておりビールとの相性抜群です。

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刺身も厚く切っており、どれも新鮮でご飯との相性こちらもばっちりです。中トロ最後に残しつつご飯なくなり、お代わりするしかありません。お代わり200円ですが、我慢できませんでした。二杯目は、中トロです。この中トロメバチマグロということですが厚いだけでなく脂もほどよくのり、あっという間に完食でした。

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tabelog.com

続日本100名城17回目唐沢山城(栃木県)(2020年10月3日)

① 日時 2020年10月3日
② 場所 東武佐野線田沼駅から登山口まで徒歩40分、登山口から山頂まで徒歩30分

〒327-0801 栃木県佐野市富士町1409
③ コメント
日本100名城の114番です。
那須への家族旅行の途中、佐野プレミアムアウトレットに寄った後、車で来ました。8月23日に青春18切符で、足利氏館に来た時にこちらもと考えたのですが、今回車で上まで上り、駅からも遠く徒歩で来るのはしんどく、車で来たのは大正解でした。唐沢山の入口に鳥居があったので車の中から撮りました。

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駐車場に車を停め、レストハウスがありました。通常は、松茸料理を出しているようでしたが、コロナの影響で松茸弁当、松茸ごはんとテイクアウトで売ってました。アウトレットで昼食済ませてしまったので買うのを諦めましたが、それぞれ1000円、800円と松茸にしては手頃でしたので次回は是非買いたいと思います。

レストハウスの横から神社に向けて歩きます。唐沢山神社では有名な野良猫がいたるところにいました。とても人に慣れているようです。今回は、当方も愛犬の柴マリーもいましたので近づきませんでした。

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すぐ進むと天狗岩がありました。

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その後、全体の地図を確認し進むと鳥居がありました。

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神橋を渡り神社に向かいます。

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大手道を歩きさらに進むます。

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急な階段を登ると社務所に着きました。家内は、こちらで御朱印、私は、スタンプを押しました。

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社務所を横に進むと南城跡、また、そこから綺麗な景色が見えました。

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さらに急な階段を登り鳥居をくぐると唐沢山神社の本殿がありました。こちらでお参りしました。

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本殿を左に歩き階段を降りると本丸跡、二の丸跡がありました。

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この後は、元来た道を戻り帰りました。

ja.wikipedia.org

唐沢山城は、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)の築城と伝えられ、その流れをくむ佐野氏歴代の居城でした。
戦国時代には、上杉氏と後北条氏によって争奪戦が繰り返されました。
豊臣秀吉小田原城攻めに参戦した佐野房綱(さのふさつな)は所領を安堵され、唐沢山城を近世城郭として改修を行いました。
唐沢山の山頂を階段状に削平して、堀切、竪堀を構える構造は戦国期のものですが、本丸、二の丸、南城に残る高石垣は佐野房綱(さのふさつな)によって築かれたもので、関東地方で最初に導入された高石垣です。

④ スタンプの場所

唐澤山神社社務所

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