虎キチのお城グルメ旅巡り

タイガースファンの気まぐれ城グルメ旅巡り

千葉県の大多喜で人気のとんかつやさん有家でランチにいただきました。(2023年12月17日)

① 日時 2023年12月17日
② 場所 〒298-0215 千葉県夷隅郡大多喜町久保135

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 ③ コメント
大多喜城に行き、その後観光本陣で続日本100名城のスタンプを押し、開店前の11時過ぎにランチで大多喜のとんかつ有名店有家さんに来ました。駐車場がお店の横にあり少々変則的な位置に入れないといけないので注意し停めました。

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入口は、正面の他駐車場の近くからも入れました。開店してすぐだったので二番目に席に着けました。お店は、こんな感じです。年配の女性が出迎えてくれました。厨房には、同じくらいの年齢層の男性がいたので老夫婦が営んでいるようです。

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ロースをたのもうと決めてましたが、メニューは、見ることにしました。

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家老とんかつがロースのようで真ん中の大きさの竹にしました。ソースも定番の「ごま」、さっぱり「野菜」、にんにく醤油ベース「玉ねぎ」の3種類ありました。

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注文してから揚げているようで少々時間かかりましたが、家老とんかつの定食が来ました。

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ご飯は、普通盛りにしたのですが多めに盛られて漬物と豆腐の味噌汁が付きました。とんかつの上には、レモンがのってました。

まずは、とんかつから!定番の「ごま」のソースをつけ、とても柔らかいとんかつで、口の中で肉汁が広がりました。三種類のソースを交互につけ食べました。私は、「ごま」が一番合うかなと思いながらいただきました。とんかつは、ご飯との相性は、いいですがこちらのとんかつは、特にいいです。

味噌汁も白味噌で豆腐も美味しくこのとんかつととても合います。とんかつとは豚汁ですが、肉汁が広がるこちらのとんかつには、白味噌の豆腐汁の方がいいかもしれません。とんかつもぺろりと食べれました。

入る時は、駐車場側から入ったので帰りは、正面口から出ました。昔ながらの雰囲気がある建物です。

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続日本100名城27回目大多喜城(千葉県)(2023年12月17日)

① 日時 2023年12月17日
② 場所  いすみ鉄道大多喜駅」から徒歩15分

千葉県夷隅郡大多喜町大多喜481285-0926 

www2.chiba-muse.or.jp

③ コメント
日本100名城の122番です。

大多喜市のゴルフ場でゴルフをした後に大多喜城に立ち寄りました。カーナビを大多喜城にしたところ高台にある大多喜城の下にある道の辺りで終了してしまい、再度場所を確認し、城下の駐車場を見つけ、そこに向かいました。この日は、城の周辺です子供向けのトレイルランイベントをしており駐車場も混んでいて最後の2台で満車になるところでした。

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駐車場の売店大多喜城分館は、改修のためしばらくの間閉館とのことでスタンプもいすみ鉄道大多喜駅前にある観光本陣にてとのことでした。一時期、駐車場売店でも押せたようですが、今はこちらではスタンプは、ありませんでした。

城の中には入れませんが、行ってみることにしました。駐車場を左に曲がり坂を上っていきます。トレイルランのイベントもしており走ってくる人もいるので気をつけて歩きました。途中、大多喜水道、大多喜城歴史の看板(中で展示物見れないのでこちらで見ました。)がありました。また、まむしがいますと、こちらでもスタンプの案内がありました。

 

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坂を上っていくと城が見えてきました。

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右に入り天守閣がありました。

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現在は、改修中で入れませんが、こちらが開いている時の入口です。

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家紋の説明があり最初の領主の本多家と最後の領主の松平家のものが記載されてました。

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大多喜城の絵図です。

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大多喜の案内図がありました。こちらからの天守閣は、際立って見えます。

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使われていた門の一つの漢井門の案内で学校の門として移設されたそうです。また、初代当主の本多家の時に掘られた大井戸もありました。

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反対側からも写真撮りました。

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以下、攻城団のHPからの引用です。
大多喜城徳川四天王のひとり、本多忠勝によって築かれた城です。遺構としては大多喜高校に二の丸御殿薬医門が移築されており、さらに二の丸には周囲10m、深さ20m、日本一の大井戸が現存しています。現在は千葉県立中央博物館大多喜城分館として、1835年(天保6年)の図面を基にして天守が再建されています。なお、大多喜城天守があったかどうかは学会でも議論されているそうです(ちなみに天守があった場合は復興天守、なかった場合は模擬天守となります)。

 

ぐるっと周り、元来た道を戻ります。途中敵から攻めにくいように掘られた空堀がありました。

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坂を下り駐車場に戻り、続日本100名城のスタンプを押すため大多喜駅前にある観光本陣へ行きました。

観光本陣の横に狭いですが数台の駐車スペースがありました。こちらに停めて中に入りました。

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改修までの間、こちらでスタンプ押すことになります。少々離れているので注意必要ですね。

 

ja.wikipedia.org

 

④ スタンプの場所

いすみ鉄道大多喜駅前観光本陣

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⑤ その他

スタンプは、大多喜城並びに周辺にはないため、大多喜駅前の観光本陣で押すことになります。(少ないですが駐車スペースあります。)

 

 

 

 

中山道69次ウォーク第十五回目〈JR木曽福島駅ーJR須原駅)2023年12月2日

今日は、前回の中山道ウォークJR木曽福島駅で終わりましたので、こちらから再開です。新幹線で名古屋経由の方が早いのですが片道4,000円も高いので今回もあずさで塩尻へ行きしなのへ乗り換えこちらに来ました。

JR木曽福島駅で準備運動していつもの中山道のガイドブック片手に中山道ウォーク開始です。

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駅前が中山道で左に進みます。福島宿を抜ける江戸から七十里目の塩淵の一里塚がありました。

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その後しばらく進み、沓掛馬頭観音、沓掛の一里塚がありました。

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その後、JR中央本線に沿うように進んでいくと、木曽八景のひとつ、木曽の桟があり橋を渡り対岸に行きました。対岸からでないと見れないため、標識がないと見落としてしまいます。

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木曽の桟は、太田の渡し、碓氷峠と並ぶ中山道の三代難所の一つです。当時、通行困難な断崖絶壁だったため、丸太の上に板などをあてて道をつくったそうです。現在は、わずかに残った石垣のみとなってます。少し、坂を下り展望スペースがありました。こちらから石垣も見ることができました。

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その後、上松宿に向かいます。

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上松宿の入口に高札場がありました。

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人力のサイトによると

上松宿は、木曽ひのきの集散地であり、木曽ひのきを商う商人たちの町として栄えた。たびたび大火に襲われているが、上町では焼失をまぬがれた部分があり、遺構を残している。と記載されてました。

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上松宿に入り、王林寺に立ち寄り、少し歩き、塚本歯科がありここに本陣があったそうです。

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その後、江戸より七十二里目の本町の一里塚、尾張藩直結管理の材木役所跡、諏訪神社がありました。

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上松宿を出るとすぐに浦島太郎伝説の残る寝覚の床がありました。ここで、日本で二番目に古いと言われている越前屋さんでそばをいただくことにしました。なんと松尾芭蕉など江戸時代の著名人も訪れたとのことです。中山道沿いに前は、あったのですが、坂を下り今は、寝覚の床の入口の道沿いにありました。

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入るとこの店に訪れた著名人の額がありました。

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天ぷらがついている「盛天そば(2枚)」にしました。

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しばらくすると盛天そばが来ました。

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天ぷらの海老は、いつも食べている天ぷらの海老ではなく、三匹が丸い海老が揚げられてました。これは、これで食感もあり美味しかったです。また、伝統のそばも腰があり喉ごしも良くするするといきました。

食事を終え寝覚の床に向かいました。拝観料を納めて中に入りました。

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お参りをまずしました。浦島太郎の伝説が残ってます。

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中山道ウォークを進めたいので、下まで下りて見に行けませんでしたが、上の展望台からの景色も素晴らしいです。

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坂を上り、中山道に戻るところに先ほど食した越前屋さんの旧建物がありました。旅館もしていたのでしょうか。

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さらにしばらく進むと大きな桂の木があり、その後途中わかりにくい道があり少々迷いながら国道沿いに小野の滝がありました。上に鉄道の高架があり少々趣きをこわしてます。

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さらに進み、江戸より七十三里目、上松宿から一里にある萩原一里塚跡、次の倉本の一里塚跡(見つかりませんでしたがこの辺りかと写真とりました。)通り須原宿に向かいます。

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須原宿の入口に須原の一里塚跡がありました。

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人力のサイトによると須原宿は、

正徳5年(1715)の木曽川の大洪水によって、宿場のほとんどが流出したため、その後一段高い土地に移転したのが現在の須原宿の町並みである。水舟と呼ばれる木をくり抜いて作られた水汲み場が、随所にある。とのことです。

本日は、大桑駅目標にしでましたが、暗くなるのも早いので須原駅から帰ることにしました。さかを上ると駅ですが、電車の時間まで1時間ちょっとあるので須原宿の出口まで進むことにしました。

駅方面に坂を上らず、左の道を少し進んでから細い道を左に入り上ります。その後大通りを右に入り、坂を下り途中しばらくすると本陣跡がありました。

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その後、須原宿出口の近くにある定勝寺に立ち寄りました。紅葉シーズン終わりましたが落ち葉が綺麗です。

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須原宿の出口にあたる枡形に寄り、来た道を戻り、須原駅へ向かいました。

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その後、また、塩尻経由で帰りました。次回からは、名古屋経由の新幹線にするかもしれませんが、春に中山道ウォーク再開したいと思います。

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江戸時代創業の日本で二番目に古いそばのお店「越前屋」に行きました。(2023年12月2日)

① 日時 2023年12月2日
② 場所 JR上松駅下車徒歩25分

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③ コメント
中山道ウォークの途中、上松宿を過ぎ、寝覚の床に行く前にランチすることにしました。事前に寛永元年創業で日本で二番目に古いと言われている蕎麦屋さんの越前屋さんにが寝覚の床の近くにあることを調べ、時間が合えば行こうと思ってました。時間も12時を過ぎランチタイムど真ん中でお店に入りました。

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とても有名な老舗のお蕎麦屋さんということで混んでいる日も多いと聞いてましたが、この日は、閑散期でもありお店は、空いておりすぐ座れました。

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店に入ってすぐ左の壁にゆかりの人々の額ありました。

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井伊大老大岡越前、広重、芭蕉といった人物で歴史を感じます。

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島崎藤村の「夜明け前」にも登場し、歌麿の図にも出ているとのことです。

メニューをまず見ました。

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そば一人前では足りないのと天ぷらもいただきたかったので盛天そば(2枚)にしました。しばらくすると盛天そばが来ました。

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そばは、二段になっていて海老は、普通と異なり丸く揚げたものが4つと野菜の天ぷらがナス、椎茸など4つありました。まずは、そばを何も付けずにいただきます。腰はありますが、クセのない食べやすいそばです。天ぷらに移り、野菜から!サクサクして油も残らず野菜本来の味を残した天ぷらです。海老天は、一本のものではないですがぷりぷりの触感でそばと相性ばっちりです。次にそばを汁につけていただきます。濃い汁で少しつけていただくとそばの本来の味も残り美味しいです。野菜の天ぷらもいいアクセントになり美味しいです。

二枚のそばでさそたが、喉ごしも良くあっという間に食べ切ってしまいました。

www.echizenya-soba.jp

 

中山道69次ウォーク第十四回目〈奈良井宿ーJR木曽福島駅)2023年10月15日

JR村井駅近くの温浴施設のあるホテルで宿泊し、今日は、JR奈良井駅に戻りました。昨日終了地点の鍵の手の水飲場から開始ですが、その前に奈良井宿の本陣に立ち寄りました。伊勢屋の横にあったのですが、行くのを漏れてしまいました。

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その後、鍵の手飲場に行き、こちらからいつものこちらのガイドブック片手に中山道ウォーク開始です。次の薮原宿で終了です。

 

 

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奈良井宿は、昔の街並みが残ってます。

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奈良井宿の出口に高札場跡がありました。

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人力のサイトによると奈良井宿は、

古くは東山道、又戦国時代には武田氏が定めた宿駅である。木曽11宿の中でも標高940mと高い位置にあり、曽谷最大難所鳥居峠(標高1197m) を控え、大層賑わい「奈良井千軒」と称されたという。火災は多発しており、寛永8年(1631)から文久2年(1862)まで、記録に表れているだけで21件を数えている。町並みは天保年間の建物が多数残っており、狭い道の両側に長い軒先を突き出した家、二階が一階より1尺5寸(45cm)せり出した出梁造り、一階と二階の境に取り付けらた小さな屋根(鎧庇、猿頭)、くぐり戸、蔀戸、千本格子の町並みが続く。昭和53年、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、地区を上げて町並み保存に尽力している。奈良井宿の看板を見てこれから鳥居峠に入ります。

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すぐに鳥居峠越えの看板がありました。

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これから鳥居峠まで約2キロです。

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すぐに石畳がありました。

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その後、本沢自然探勝園(葬沢)がありました。こちらは、木曾義昌武田勝頼の兵を迎撃し勝利を収めた古戦場の場所でした。

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中の茶屋、鳥居峠の一里塚と進んで行きます。

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鳥居峠の頂上付近を過ぎ、

子産みの栃(トチ)がありました。

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薮原宿へ進み、北から初めて御嶽山を望める場所にある御嶽神社がありました。

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その後、芭蕉の句碑、古戦場の碑がありました。

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薮原宿が見えてきました。

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下りの方が急な感じがし、登って来る人は、外国人の方ばかりです。インバウンドすごいですね。どんどん下っていき、鳥居峠の出口に着きました。

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その後さらに石畳を下ります。

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薮原宿に入るところに尾張藩鷹匠役所跡がありました。少々高いところにあり見晴らしが良く、ここで鷹の飼育をしていたとのことです。

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その後、飛騨街道との分岐の追分がありました。人力のサイトによると中山道の難所の一つ、鳥居峠の麓に位置し、また飛騨街道との分岐があったため、宿泊するものも多かったそうです。

www.jinriki.info

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線路沿いを戻り、歩道橋を渡り線路を超えて反対側に行きました。

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薮原宿も、隣の奈良井宿同様、宿の風情を残してました。本陣跡、防火高屏跡、高札場跡がありました。

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その後、お洒落な駅へ向かう地下道の入り口、そして、SLの横に江戸から六十七里目の薮原の一里塚がありました。

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薮原宿を出た後は、次の宿場宮ノ越宿に向かいます。

ここからはガイドブックは次の編になります。

 

しばらく国道沿いを歩き、巴淵の看板を左に入ります。

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宮ノ越宿の看板を過ぎ、景勝の巴淵に着きました。

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この巴淵を過ぎると宮ノ越宿に入りました。木曽義仲の町という感じです。

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人力のサイトによると宮ノ越宿は、

平安末期の武将木曽義仲ゆかりの場所。宿場関連の史跡よりも、木曽義仲関連の史跡が多い。かつては木曽川の水を使った用水が宿場内を流れていた。

義仲館に立ち寄りましたが閉まっていて写真だけ撮りました。

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その後、立派な本陣跡がありました。

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宮ノ越宿を出ると、宮ノ越の一里塚があり、原野を通って、江戸と京都の中間点、中山道中間点がありました。やっとここで中間点です。

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その先横の細道に行き、私道のような道を進み、さらに小さい橋も渡り、木曽義仲ゆかりの手習天神がありました。

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さらに進み、国道建設時にこちらに移設されたようですが出尻の一里塚がありました。

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さらに進み、木曽福島に入りました。

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木曽大橋を過ぎ、福島関所に立ち寄りました。

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福島の関所は、碓氷、箱根、新居とともに天下の四代関所といわれたそうです。

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番所跡、築地屏跡、復元図がありました。

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福島関所資料館があり、中に入り見学することにしました。コンパクトでしたが、当時の雰囲気を感じることができます。

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福島宿に入っていきます。人力のサイトによると以下の記載がありました。

宿の入口には関所を配し、関所の町として栄えた。また、木曽氏の居城上の段城があったことから城下町として発達し、上の段区には町並みが残されている。

関所を見た後、木曽町文化交流センターの前に本陣跡がありました。

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代官屋敷もあるようでしたが、少し離れていたのと電車の時間もあり立ち寄らず木曽福島駅に向かいました。

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木曽福島からは、名古屋経由の新幹線の方が早いのですが、4000円超の差があり塩尻経由のあずさで帰りました。そろそろ新幹線かなと思い始めてます。

中山道69次ウォーク第十三回目〈JR洗馬駅ー奈良井宿)2023年10月14日

前回、下諏訪から洗馬まで中山道ウォークをしたのが4月でその後バタバタしていたのと予定した日が2回天候に恵まれず延期したため6ヶ月ぶりになってしまいました。

当初、塩尻か、洗馬までJRで行こうと予定してましたが、塩尻駅からコミュニティーバスで行くと前回の最終地点の洗馬宿高札場跡の目前にバス停があることを知り、バスて行くことにしました。

あずさの指定がかなり埋まっていて、予定より少々早い時間のあずさで塩尻に向かいました。塩尻には、10時過ぎに着き、駅前でバスを待つことにしました。

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30分ほど待ち、バスに乗りました。このコミュニティーバス一律100円でコストの面でも節約でぎました。乗客は、家内と私の二人だけで塩尻駅を出発し、途中から一人乗せただけなので実情は、かなりの赤字かと思います。

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20分ほどで高札場のある公園のバス停に到着しました。

 

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こちらのガイドブックを片手にここから中山道ウォーク開始です。

 

 

すぐにJRのガードをくぐると瀧神社があり、その後は、洗馬宿を出て、本山宿へ向かいます。本山宿までは、3キロちょっとの短い道のりです。まず、江戸より六十里目の牧野の一里塚がありました。

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平坦な道を進むと本山宿に入りました。

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すぐに石造文化財群がありました。

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本山宿は、そば切り発祥の地ということで、あまり歩いていないのですが、こちらでそばを食すこにしました。

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こちらは、そば切り発祥の地ということですがおみせは、一軒しかなく、「本山そぼの里」という店で周りには、全くひとけもなかったのですが、その店の駐車場は、満車で中に入るとほぼ満席でどうにかカウンターの席に座ることがでぎました。

 

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メニューを見て、そばの味を楽しもうとせいろの重ね(二段)そば、天ぷら(季節の野菜盛り合わせ)そしておにぎり(古代米)を注文しました。

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先にお茶とともに漬け物が運ばれてきました。

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漬け物をつまみながら待つとおにぎり(古代米)、その後そばと天ぷらが来ました。

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そばは、こしもありしっかりとしていて喉ごし良くとても美味しかったです。野菜の天ぷらもサクサクでした、

お腹も満たし、本山宿を進みます。人力のサイトによると、

本山宿は洗馬宿からの距離は短いが、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠34軒と賑わっていた。
とくに民家は、当時の旅籠の姿をそのまま残していて、とても見事な造りがわかる。

と書かれてました。確かに当時の面影のある家並みが続き、下問屋跡、川口屋、本陣、若松屋と当時を偲ばせます。

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高札場を過ぎ、国道に合流すると本山宿から出ます。

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本山宿から出て進むと、江戸から六十一里目の日出塩一里塚、また、中部北陸自然歩道と同じ道を歩き木曽に入ります。

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南木曽路の碑を越えると、信濃国から木曽国に入ります。

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鶯着禅寺を過ぎ、若神子の一里塚を見ながら進み贄川宿に入りました。

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関所跡があり、本陣跡、深澤屋住宅がありました。

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人力のサイトによると

江戸から来た場合に、木曽の入口に当たる宿場。本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠25軒と、中山道では平均的な宿場であった。そうです。

贄川宿を出てしばらく進むと、江戸から六十三里目の一里塚、押込の一里塚跡、うるしの里の木曽平沢中山道から小さい橋を渡ったあたりに橋戸一里塚の看板がありました。(一度渡って戻りました。)

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奈良井川橋を渡り、しばらく歩くとJR奈良井駅に着きました。予定では、ここで電車で塩尻経由で村井駅まで行き宿泊する予定ですが、まだ、時間があったので奈良井宿を少し進むことにしました。

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まずは、奈良井宿の地図を見ました。

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すへて見るには、時間がなさそうです。少し進むことにしました。専念寺を右手にみて、立派な水飲場がありました。木曽の美味しい水でしょうか?

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大宝寺があり、昔ながらの街並みが残ってました。

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今も民宿として泊まれる伊勢屋がありました。

ここは、中山道でも屈指の見どころで、宿場の風情を良く残していました。

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人力のサイトによると

古くは東山道、又戦国時代には武田氏が定めた宿駅である。木曽11宿の中でも標高940mと高い位置にあり、曽谷最大難所鳥居峠(標高1197m) を控え、大層賑わい「奈良井千軒」と称されたという。火災は多発しており、寛永8年(1631)から文久2年(1862)まで、記録に表れているだけで21件を数えている。町並みは天保年間の建物が多数残っており、狭い道の両側に長い軒先を突き出した家、二階が一階より1尺5寸(45cm)せり出した出梁造り、一階と二階の境に取り付けらた小さな屋根(鎧庇、猿頭)、くぐり戸、蔀戸、千本格子の町並みが続く。昭和53年、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、地区を上げて町並み保存に尽力している。とのことです。

電車の時間もあり鍵の手の水飲み場で終了し、駅に戻りました。

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明日は、鳥居峠を越えて中山道進みます。

 

中山道本山宿のそば切り発祥の地本山そばの里でそばをいただきました。

① 日時 2023年10月14日
② 場所 塩尻駅下車、駅前より振興バス(すてっぷ)宗賀線 本山下町下車1分

     日出塩駅から1,874m

 

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③ コメント
中山道ウォークを洗馬宿の高札場から出発し、1時間ほど歩き、本山宿に入りそば切り発祥の名前に惹かれてまだ11時半でしたが

ランチをとることにしました。

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そば切り発祥の地ということですが、店は、「本山そばの里」という店のみのようでこちらでいただくことにしました。

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中山道ウォークでは、ほとんど人は、いなかったのですが、こちらの店に来ると駐車場は、一杯でした。お店に入るとほとんど埋まっており、どうにかカウンターに座ることができました。

早速ですが、メニューを見ました。

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お腹も空いていることもあり、迷いましたが、重ね(二段)そぱ、おにぎり(古代米)、そして「本山そばの里の畑で採れた季節の野菜」という表記に惹かれて天ぷら盛り合わせも注文しました。

すぐにお茶と漬物が運ばれてきました。

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その後、先におにぎり(古代米)がきました。

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先におにぎりをいただきます。五穀米のような食感で塩が効いた美味しいおにぎりです。

次にそばと天ぷらがきました。

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そば切り発祥の地のそばどうでしょうか。まずは、何も付けずにいただきます。腰のある信州のそばです。手打ちというのがよくわかります。次につゆにつけます。濃いめですが、コシのあるそばによく合います。

天ぷらに行きます。ナスや玉ねぎ等いろいろな野菜の天ぷらです。地元の畑で採れた野菜ということですが、新鮮な野菜で全く油っぽくなく、そばにも合います。

二段のそばにおにぎりも注文しましたが、喉ごしも良くあっという間に食べ切ってしまいました。

 

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